神は、どのような苦しみのときにも、
私たちを慰めてくださいます。
こうして、私たちも、
自分自身が神から受ける慰めによって、
どのような苦しみの中にいる人をも
慰めることができるのです。
それは、
私たちにキリストの苦難があふれているように、
慰めもまたキリストによってあふれているからです。
コリント人への手紙 第二 1章4節・5節
「慰め」という言葉はあまり深い意味では使われません。
意味を調べましたら
「何かをして、一時の悲しみや苦しみをまぎらせる。」
「なだめる。すかして落ち着かせる。」と書いてありました。
そうすると、一時的な気休めくらいのものでしょうか?
しかし、神さまの慰めはそうではありません。
聖書が言っている慰めはギリシア語で「召し・神の招き・希望」
だそうです。
私は困難な時いつも慰めを受けるのは礼拝の中でした。
その時の状況にぴったりの言葉が与えられたり、賛美の中で
慰めを受けてきました。
神さまの与えてくださる慰めは一時的なものではありません。
はっきりと希望を与えて下さいます。
困難の多い世にあっても、何ものによっても損なわれない慰めが
あります。
神さまからの慰めをぜひ受けてください。
sion

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